そして、友達。
今日の音。「Alanis Morissette」 “Uninvited”

久々にlunchしよう、とusual suspectsで『Sadler(サドラー。日本語読み サドレル)』へ。
来るはずだった、某金融グループ勤務のBと奥様は来れず、F(某ヘッジファンド勤務)とエドワード(仮名。某アメリカ系銀行勤務)の4人。
某イタリアワインのマグナム空けちゃう雨に似つかわしくないlunchだったが、楽しかった。
グラッパまで飲み、そろそろ、な感じになった頃、エドワードが「たくさんDVD買ったからうちで見る?」と誘ってくれた。
が、今日はある任務(大げさ)があって六本木ヒルズに来たのだ。
それは、某レストランで彼とよんよん(韓国美女)の誕生日パーティをする、というものである。
よんよんには「今週中に詳細をお知らせします」と言ってあったのと、早めに予約を取らねばならないお店なので、「ちょっと行かなきゃなの」と言うとFとエドワードは
「まだおなか減ってるのか、奴(彼)は!」とびっくり。違うのよ。

近いのにわざわざお車でいらしたエドワードはFを乗せ(彼の車は2人乗り)、結局わたし達に付き合うことに。(わたしたちは徒歩で移動)

エドワードは、美女好きなのだが、現在知り合った女の子は若い日本の子。
メイルの漢字が読めないので、わたしに「凛、これってどういう意味?」と超短文メイルを見せて来た。
それは、件名がとある日になっていて、内容はとある場所の地名のみ、に悲しいマーク。
括弧と不等号で構成された、泣いているように見える絵文字である。
「これって迎えに来いってことなのだろうか…」
真剣に考える彼。
文脈がわからないので、前にはなんて書いたの? と聞いたが別に予定を尋ねたわけでもないらしい。
短いメイルこそ、文章力の見せ所だとわたしは思っているのだが、これだと全然意味わかんないぜ。わさわさ3人の外人は集まり、「これって迎えに来いってことじゃないの?」
「いや、泣いているみたいだから行けないのだ」とか憶測していた。
「これってここに行く、または用があるから駄目、って言ってるんだと思うよ」とわたしは意見を主張。が、心中「こんな、どうとでも取れるメイルを送ってくる女子って一体…。文脈つながってないし。しかも文章にもなってないし。名詞のみで文章構成かよ」と悪態をついていた。
エドワードはとっても良い人なのだが、わたしから(and よんよん)見るとどうも女子を選ぶ眼が彼の人間性に追いついていないと思う。
外人、お金持ち、ぽるぽるくん(わたしはポルシェをこう呼ぶ。馬鹿みたいかな)に乗り、表参道の巨大アパートメント在住。それだけで付いて来る女の子も、この世界には存在するのだ。
そして、そういう子に彼は引っかかりやすいと思われるのである。

外人3人が葉巻を吸いながら喧々諤々しているので、わたしは
「この子って日本人でしょ? それなのにこの文章ってないよ。頭悪いと思う」
この文章には「エドワードにはもっといい子がいるよ」が続くのだが、エドワードは即座に
「だってメイルじゃん。しょうがないよ」
「正直に言うと、この人日本人とは思えない。文章構成がなってないじゃん。名詞だけなら文にならないよ。もっと書き方あるし、相手にわかるように書くのがメイルでしょ。ちょっと変」
と言ってしまった。もちろん次に続くのも「エドワードにはもっといい子がいるって絶対」なのだが、彼はちょっと「むむ」という顔をして、
「凛はいつも俺の彼女に文句を言うよね」(一同なぜか爆笑)と言い、メイルをかしゃかしゃ書いていた。

確かにエドワードにはもっといい女の子が合うと思うし、いつの日か必ず遭遇すると思う。
が、どの価値判断から見たって「駄目」な女の子と彼が付き合おうが結婚しようがそれで財産取られようが、彼の人生である。わたしが口を挟むことではないのだ、求められてもいない場合。

エドワードにそう指摘され、あ、またやってしまった、と強烈に反省したのだが、そのせいで謝るタイミングを逸してしまった。
帰り際に謝ろう、と思っていたのだが、わたしがお店の人といろいろ交渉をしている間、彼らは「テロリストが攻撃して最も効果的な施設は何か」という話題で盛り上がっており、わたしは自分が言ったくせに落ち込んで暗い顔をしていたらしい。
帰り際、じゃあね、とハグしてエドワードは車止めに消えたのだが、またタイミングを逸してしまい。みんなの前で言うことなのだろうか、とかいろいろ考えてしまい、言えなくなってしまった。

そう、わたしには関係ないのだ。
前の女の子がひどく、ややストーカーちっくに変貌、彼がナーヴァスになっていても関係ないのだ。その子を選んだのは、彼。
が、意見を求められた時わたしは「正直に言うと、彼女はサイコだからやめた方が良いと思う。はっきり言わないともっと激化するよ」と述べ、その女性は行動がかなりサイコだったので彼もそれは納得していたのだが、今回は意見を求められてもいない。
まだ、連絡を取り合っているような段階の2人だし、わたしは会ったこともないのだが、文と顔で人はわかる、と公言するわたし、余計なことをしてしまった。

帰って来るタクシーの中で、ずっと黙って車窓を見るわたしに彼は「どうしたの? 具合悪いの? コーヒー飲んだから?」(わたしはカフェインに弱いので)
と聞いていたが、違うのである。
家に帰ってもベットでごろごろし、「うー」とか「あー」とか言って落ち込み、ごろんごろん転がるわたし。
言い過ぎちゃったよお、とかあーなんであんなことしたんだろう、という時、わたしは大抵家で落ち込み、何かにくるまって反省&再発させないための自己認識をする。
ちょっと元気になると人の意見を求めるのだが、彼もやっぱり「うん、君には関係ないよね」。
はい。わかってます。
「でも君ははっきり言う人だって彼らも知ってるし、面白がってるから大丈夫だって!」とにっこりアメコミを読み始める。
「今更謝るのも変だよね…。エドワード気にしてないかなあ。水さしちゃった…」
「大丈夫だって!」(いつもこう)

はっきり言うくせに、その結果落ち込むのも変だと思う。
また、それは勝手な思いやりと自分の価値観から来ているのだ。
誰だって気に入っている人をけなされたら嫌だ。特にそれが恋の始まりの場合。

何でわたしはこうなんだろう、これってとっても礼儀正しくないぞ。
冷静に事象を解析し、自分の悪い点と次回からはこうしないぞ、と強く意識して、やっと人に「こんなことしちゃったんですけども」と告白、罪を認定してもらい、またわたしの欠点について話し、やっと元気になるのだが、今回回復の過程にかなり時間がかかった。
だから友達少ないんだよ、と言う自分がいたからである。
友達の多さ少なさに関し、今は何の気持ちもない。が、過去よく「友達多そうだけど少ないんだ」と言われ、傷ついたことを忘れていないようで、「だから友達少ないんだよ論」が頭をよぎったのである。

「友達多そうだけど、少ないんだ。」と言った人たちは大抵「友達紹介して」とか「○○の分野の人を紹介して」など、利用目的があった人たちであったので気にしなくてもいいじゃん、という自分もいるのだがそれって自己肯定みたいだし、と堂々巡り。
結局、好きな友達ゆえ、自分の信じる意見を求められないのに言ってしまうのはおばか、という自己認識に落ち着いたのは、帰宅した18時(長いランチであった)から今まで。
こうなるともう放っておかないと駄目なのを彼は知っているのでさっさとベットで寝ている。
彼の信条は「やっちゃったことは気にしても仕方ない。ちゃんと責任取れば良い」である。
わたしは「自分で何でそれをしてしまったのかきちんと認識しないと再発しちゃうので、責任取るけれど徹底的に検証(落ち込みとも言う)」なので、正反対。

「友達だから迷惑かけてもいいじゃん」という考え方、大嫌いなのだがそれに近いものが今回の事象、ある気がする。
ごめんなさいエドワード。

言ったことは、自分に帰って来る。
もし本当にエドワードが気に入っている子がわたしの思った通りなら何もないのだが、正反対(それが一番望ましい)の場合、「凛って駄目じゃん」と言われるのである。が、それは仕方のないこと。その時「あいつって礼儀を失してるよね」と言われないよう自己粛清しなければ。
言ったことはもう撤回出来ないし、傷つけてしまった心も元の状態には戻らない。
前を向いて、もうしないように努めないと。

しかし、好きな友達にこんなこと言っちゃうわたしは迷惑な奴である。
わたしの見解が間違っていて、素敵な子なら良いなあ。
エドワード、ごめんね。
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by rinkomatsu | 2005-07-10 05:05 | 日々の生活。
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