贅沢病。
今日の音。「Crowded House」 “Don't Dream It's Over”

最近朝方まで起きている。
彼が寝て、ドラミもベットに行くので(わたしが起き出すとついて来てしまうのだが)1人でぼうっと出来るのだ。

人はそれぞれリラックスするためのすべを持っているが、わたしのすべは1人でぼうっとすること、である。
中学生の頃から、1人でぼうっとするための秘密の場所があった。
どこに引っ越してもそれはあって、好きな音楽と飲み物があれば何時間もいられた。
彼と会い、その時は扶養家族付き男性、京都氏もいたため、わたしはいろいろ1人で考えなければならなかったのだが、1人にするとどこに行くかわからない、と彼が放っておかず、あまりぼうっとする時間がなかった。

家から近くで、人が来なくて、空が見えて安全な場所。そうはないのである。

この家の場合だと、deckになるのだが、虫が来る、とか、コンクリートがまだ熱い、とかうるさい人物がおり、また、1人でdeckに出るためにはバタフライチェアがいるのだが、1人では出しにくい代物(重い)のと、ドラミが気にしてドアからずうっと見ている、というのがあり未だ実現していない。
もっぱらPCの前で雑文を書くのみ、それが今のリラックス法である。


夏には毎年いろんなことが起きる。
そのほかの季節もいろいろ起きているのだが、特に夏に起きたことはよく覚えている。
多分誕生日があるから、覚えているのだろう。
「もうすぐ誕生日でしょ、いくつになるの?」と聞かれても、すぐに答えられない。
あんまり年を意識することがないからである。
塾で、ゼミが一緒の女の子(大学生)にあることで「いいねえ、若さを感じる」と言ったら「小松さん格好すごく若いじゃないですか」と言われた。格好が若い→あなたも若いから大丈夫、という意味なのだと前向きに解したが、わたしは年齢不詳だと言われることが多い。
Tシャツにミニスカートにウエスタンブーツ、なんて格好をしているからであろうか。
きちんとしたパンツにシャツ、なんかだと結構年上に見られたりもする。
今も「あれ、いくつになるのだ?」と自分で計算してしまったくらい、歳を意識していない。
のだが、ちょっとしたことで「それは若すぎ」とか「ちょっとおばさんみたいだわ」と思ったりする。

銀座に入ってから、時間が早くて何だか流されてしまっている感じがして、交差点で過ぎ行く人たちを立ち止まって見ているような気分で時間を過ごしているなあ、と思っていた。
楽しかったのだけれど、時折強い寂寥感を感じることがあり、自殺したりするお姉さんが多いのもわかる世界だった。
わたしは銀座から何回か出たことがある。大きな理由があったのは、2つ。
水揚げ(お客さんから出資してもらってお店を出したり商売をすることを言う。水商売をお客さんの恩恵で辞める時にも使う)で、とあるバーを思い通りにしていいよ、と言われ1年口説かれ決心して辞めた時。→全然違う話しになっていて憤った。
某出版社に勤めるのが決まった時、である。
出版社は、流行を発信している側なのに、世の中のことが全然わからなくなって同じ業界のことしか知らなくなってゆくのが怖かった。わたしは政治とか経済系の記事を書きたかったのだが、お洋服とか料理屋さんのように、すぐ移り変わることが容易で、誰にでも扱えるトピックは自分を書くにつれて自分がすりへってゆくような感じがした。

何度か出て、また戻り。
最後、「絶対凛ちゃんはまた戻ってくるよ」と太鼓判を押されたが、もう戻っていない。
女の子だったら、1回は体験すべき世界だとわたしは思う銀座の世界。
辞めた時、「もう寂しくなることはないだろうな」と思っていたのだが、それは違うみたいだ。


一応目標や夢は達成してきたのだが、お休み、ということでいろんなことを辞め、ぼうっとしていた時期にドラミと出会い、またいろいろな人と会って今の目標と夢がある。
今の方が楽しいし、いい顔をしている、と思うのだが、彼の母上がいらし、わたしも体調を崩してから何だか芯が通らない。
好きなことしてるんだから楽しいのに、ちょっと海へ、とか、森林へ、とかのんびりしに行きたくなってしまうのだ。
贅沢病、と自分では呼んでいるのだが、昔から、ちゃんと働いている人がのんびりしに行くのが旅行で、ちゃんと働いていない自分が旅行に行ってもいつもの延長でだらだらしているだけで、楽しめない。だが、旅には出たくなるのだ。

事実、あんまり旅行が楽しいと思ったことはない。この間の韓国旅行は別だったが、やっぱりちゃんと働いている人がお休みしにいくのが旅行、だと思っているので、いつもだらだらしているわたしが旅行に出たってただ場所が変わっただけで、変わらずだらだらし続けるので楽しくないのだ。かえって「あれしなきゃ」とか「これしよう」と早く帰りたくなってしまう。

が、最近贅沢病なのである。
昔は都市ばかりに眼が行ったが、今は緑がいっぱいあるところに行きたくて仕方がない。
そして、あまり人がいないとこ。不躾で品性のない人たちがいないところ。
マイルはたくさんあるのだから、どこかへ行ってもいいのだが、踏ん切りがつかない。
ああ、授業遅れちゃうなあ、それはやだ、とか、ドラミに誰がご飯をやるのだ、とか。
守るものがある人間は弱いし、フットワークが重くなる。
不完全燃焼の贅沢病なので、もっとたちが悪い。

不満なところは何もないという点から見れば、恵まれている人生なのかもしれないけれどお休みしたくなったり無性に1人になりたくなるのは贅沢なのだろうか。
京都氏は出会った頃「俺は失踪したい。失踪するのが夢」と言っていた。
激務と抱えるものが大きいゆえの発言だと思うのだが、この間会った時彼は笑い飛ばしていた。昔その言葉を告げた表情は大人の憂いと人生の深遠(大げさかな)を感じさせたが、この間の彼はすっかり今までの重荷が降りたような顔をして、笑っていた。

『人間失格』、京都氏は好きなのだそうだ。「好きだし、あそこから抜け出せないのも自分」と言っていたが、わたしにもあの逃避思考というか、また、人が怖い、というの、わかる。
そして、消えたくなる時もある。
読後、あまりの暗さに井の頭線でため息をついてしまったが、わたしはやっぱり明るさがあるようで、あそこまでにはなれない。
が、あの要素はある。
それを放っておいてくれないのがドラミと彼。そういう存在がいるのはありがたいことだと思うが、たまにはあったかい思いやりのダンベルがないところに行きたいと、思う。
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by rinkomatsu | 2005-07-12 03:46 | 日々の生活。
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