さびしいのだ、と気がついた。
今日の音。「Aerosmith」 “Hole in My Soul (Live)”

今のわたしのstatusは、多分全く問題ないように他者からは見受けられるであろう。
「悩みなさそう」と言われるわたし。
サルトルみたいに悩み多き人生だなんて気が付かれないように、にこにこするようにしている効果のたまものであろう。

ご飯にも、特に金銭的にも困っていないし、かわいい猫と一応彼氏のでっかい外人と生活しているという点から見ても、一見不自由がなさそうである。

が、確実に何かによって上の空で、ご飯を作っても調味料を入れ忘れたりお財布を持たずに買い物に行ってしまったり、同じテキストをコピーしてしまったりしている。
何でだろ、とお風呂で考えていたらまたパイプがつまり、大惨事に。

答練仮作成でPCを使っている時、気がついた。
この上の空は、さびしさから来ている。


ひさかたぶりに気がついたのだが、わたしは恋をするとさびしくなるタイプの人間である。
後ろ向きなのだ。
前向きに、「彼と会えないけど仕事頑張る!」なんて言うことが出来ず、よくお店をさぼったり学校をさぼったりして好きな人に会っていた。
27になり少々分別のついた今、そんなことしないよ、多分、と言えるのだが最近のさびしさは、「好きで会えないからさびしい」というよりも、まあそれもあるのだが、何にもしていない自分への苛立ちと自分が想うように相手が想ってくれてないという点であろう。
だからってさびしくなるのはちょっとおかしいと思うのだが、さびしい。
その人を思って出来た穴は、その人でしか埋められない。

こういう気持ちが久しぶり、という所にも問題があるのだが、行動を起こすと決めたのでさびしさは変化してゆくことであろう。
どうなるかわからないけど。

人を好きになると、いろんなものがゆっくりと見え、また、いろんなことに目が行く。
それゆえ綺麗になると思うのだが、恋多き人は疲れることがないのだろうか。
不器用なわたしはちょっと疲れました。

『The Paper Chase(ペーパーチェイス)』でも言っていたが、勉強と女(恋)を両立させるのは無理である。
しかもそれが片思いならなおさらよ、(by 小松凛)と実感。
いろんなものに決着をつけて、頭を整理してから望まないと日本の科挙には受からないであろう。
朝の5時に、感傷的になっている場合ではないのだ。
が、わたしは感傷的な自分が結構好きである。
過去のHPの文章なんかをたまに目にすると、あまりのおセンチっぷりにびっくり。
でも、心を甘く痛めた経験のない人間なんてつまんないぜ、と自己弁護に入り懐かしさに目を細めながらつい読んでしまう。

この日の日記も、いつかそうなることであろう。
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by rinkomatsu | 2005-08-23 04:45 | 日々の生活。
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