最大公約数。
今日の音。「The Verve」 “Bitter Sweet Symphony”

なぜそのことが起きたのか、原因も探らず自分の見解だけを述べる人がいる。
だから何の解決にもならない。

人の立場になって考えることと、その人との距離を勝手に縮めて「わたしはその人のこと、わかってる」と慢心するのは、全く別だ。
他者のことを、完璧に理解できる人なんていない。
わたしはそれを前提に、一般的に「最大の理解者」とされる家族にも、接している。
それを「冷たい」「変」という人もいるが、血がつながっていても、その人の全てを理解することはないと、わたしは思っているから。
そういうスタンスを持つのが、我が一族の特徴である。

人をわかった気になるから、いろいろなトラブルが起こると、わたしは思う。
「人のことは、わからない」この前提を持ちつつ、その人との最大公約数を探していくのがわたしのやり方。

世の中にはそうでない人がたくさんいて、そういう人は他者のことを「おにいちゃんみたい」「いもうとみたい」と、言う。
そこにわたしはうそ寒いものを感じるのだ。
それって、お互い同意してるの? なにその擬似家族。
「妹みたいに大事に思っている」のと、「俺の妹」と公言するのは違う。
前者は思いやりと礼儀を感じさせるが、後者は媚と思い込み。
わたしには理解できない。
後者のやり方をとると、とても楽で、べたべたした「ムラ」社会では至極便利に生きて行ける。
そこには苦労して得たお互いの重なり合う「理解」はなく、「なんとなくわかってる感じ」という曖昧でぬるま湯の誤解がある。

今日ある人から話しを聞いて、やっぱりわたしは日本の「ムラ」意識の中では苦労するのだろうな、と思ったのだが、わたしの周りには「ムラ」意識がない人がほとんど。
「類は友を呼ぶ」のかもしれないけれど、周りに素敵な人が多くてよかった、と帰り道、原宿から表参道の欅並木を歩きながら思った。
わたしももう少し上手に人との距離をつかんで素敵な最大公約数を増やしたい。
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by rinkomatsu | 2006-02-28 02:38 | 日々の生活。
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